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10年の時を経て遂げたエポリューション!! さぁ私のぼやきを聞いておくれ!
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新年度がスタートし、桜満開の季節ですが、まだまだ寒い日が続きますね。今から遡る事25年前に発売されたファミコン。その初期に発売されたゲームソフトは、当然ながらファミコンを開発した任天堂のものが多くて、自分が友達の家で最初にやったゲームも、確かドンキーコング、ドンキーコングJr.辺りだったと思う。任天堂の中で一番印象に残ったゲームと言うと、マリオ関連のゲームソフトをどうして真っ先に思い浮かべてしまう。スーパーマリオブラザーズは、言うまでもなく、やはりマリオブラザーズ。個人でプレイする時は、ひたすら面を進ませる事に集中し、対戦では、マリオとルイージの殺し合い。たいていは、友人とプレイすると、たまにどちらかがマジ切れして、喧嘩する事も多かった…。

任天堂の対戦型ゲームと言うと、アーバン・チャンピオン、アイスクライマー、クルクルランド、バルーンファイト、レッキングクルーなどなどを思い出す。アイスクライマーは、8段の氷のタイルを崩しながら氷の山の頂上を目差すオーソドックスな対戦ゲームだが、これもやっているうちに殺し合いに発展する。どちらかがせっせと氷を運ぶアザラシや鳥に無理矢理接触させられるか、画面を強制スクロールさせるホワイトベアが出てくるまで最下階で足の引っ張りをし、どちらかが置いてけぼりをくらって奈落の底…と言うようなパターンだった。レッキングクルーは、奇妙な生物に追いかけられながらひたすら壁や梯子を破壊していくアクションゲームで、対戦でやることも多かったが、一人では、当時99面クリアするのは、至難の業で、20面も進めなかった。大人になってからリベンジし、見事全面クリアする事ができた。ゴールデンハンマーがあるのとないのとでは、全然ゲームの進み具合が違った。

任天堂と言えば、「ジャイロセット」と呼ばれる画面を使って 玩具のロボットを遠隔操作して遊ぶゲームがあった。結局一度も触れる事はなかったが面白かったのだろうか…。

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任天堂の好敵手、その名もSEGA
任天堂のファミコンの同じ発売日にSEGAも家庭用ゲーム業界に進出! その名もSG-1000とSC-3000。こちらもFCと同様、8bitのCPUを搭載しているが、ファミコンと違う部分は当時の他のゲームハードメーカーが使用していたジョイスティック型コントローラー。十字キーではなかったため、FCに瞬殺された。任天堂に負けたSEGAはSG-1000のマイナーチェンジモデルでもある「SG-1000II」を発売、性能はSG-1000とほぼ同一だが、コントロールパッドの操作性を向上させたものに変更している。がこれもだめ、またもやFCに敗北、ならば、FC以上の性能で勝負させてやる!という文句で発売したのがセガ・マークIII/セガ・マスターシステム、SGシリーズとの互換性やFC以上の性能に加え、FCっぽいコントローラーで挑む! ほぼ任天堂の城を崩す事は至らなかったが、欧州や南米ではFC以上の売り上げを達成しており、日本ではセガ人と呼ばれる程のセガユーザーを作り出すきっかけのハードとなった。
マイケル村田 2013/06/06(Thu)19:42:59 編集
Re:任天堂の好敵手、その名もSEGA
>ファミコンと違う部分は当時の他のゲームハードメーカーが使用していたジョイスティック型コントローラー。十字キーではなかったため、FCに瞬殺された。
ジョイスティックだったんですね。シューティングゲームをやるにはいいですけど、他のジャンルのゲームだとやりづらそうなイメージがありましたね。


>「SG-1000II」を発売、性能はSG-1000とほぼ同一だが、コントロールパッドの操作性を向上させたものに変更している。がこれもだめ、またもやFCに敗北、
なんで駄目だったんでしょうね。ソフトもファミコンより充実していなかったのでしょうか…。


>欧州や南米ではFC以上の売り上げを達成しており、日本ではセガ人と呼ばれる程のセガユーザーを作り出すきっかけのハードとなった。
セガ・マークIIIは海外では成功したんですね。当時、ハードを二種類持つほど裕福ではなかったし、どちらか選べって言われたら、やはりファミコンを選んでしまった…そう言う人もたくさんいたのではないかと…(苦笑)。
【2013/07/05 00:31】
SEGA、黄金時代 メガドライブ&ゲームギア編
任天堂に圧倒されまくるSEGAだが、任天堂が16bitの次世代機スーファミを発売する事を発表しており、その事を聞いたSEGAは…「任天堂より先に16bitゲーム機を発売すれば、シェアは俺の物だ!」と言い、任天堂が16bitの次世代機の開発中にSEGAは16bitのゲーム機「メガドライブ」を発売、日本は元より、海外では任天堂が16bitの次世代機の開発にもたもたしている間にあっさりとシェア強奪。セガハードの中では大成果を収めたハードと言うべきか。任天堂がゲームボーイを発売したとなれば、セガはカラー液晶を装備したゲームギアで対抗してやるが…、電池切れとなり自爆、この1990年代前半にカラー液晶の携帯ゲーム機の導入は早すぎた…。1991年には打倒マリオに向け、セガはメガドラにソニックを導入! 1500万本売り上げを達成したのだ! 同年にはSFCの1軸回転拡大縮小に対抗したMDのCD-ROMドライブ「メガCD」を発売したり、1994年にはメガドラを無謀ぶりに32bitゲームマシンに早変わりする「スーパー32X」を発売するなど、正にメガドライブ(メガCD、スーパー32X)&ゲームギア時代でのSEGAはまさにSEGAにとっては黄金期でもあった…。
マイケル村田 2013/06/06(Thu)19:53:55 編集
Re:SEGA、黄金時代 メガドライブ&ゲームギア編
>SEGAは16bitのゲーム機「メガドライブ」を発売、日本は元より、海外では任天堂が16bitの次世代機の開発にもたもたしている間にあっさりとシェア強奪。セガハードの中では大成果を収めたハードと言うべきか。
友達が持っていて何度かやったことがありましたが、当時としては、結構シャレた感じのデザインでしたよね。でもどんなソフトがあったのか全然記憶に残っていない…。

>MDのCD-ROMドライブ「メガCD」を発売したり、1994年にはメガドラを無謀ぶりに32bitゲームマシンに早変わりする「スーパー32X」を発売するなど、正にメガドライブ(メガCD、スーパー32X)&ゲームギア時代でのSEGAはまさにSEGAにとっては黄金期でもあった…。
セガはファミコンよりも先を走っていたんですね。残念ながらほとんどやったことがないので、ソフトについてもよくわからないのですが、一番面白かったソフトなどあればまた教えてください。
【2013/07/05 00:53】
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